• 投稿カテゴリー:小説執筆
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以下のふたつの文章は全く同じ単語で構成されています。

雨が降り始めた時、私は建物の中に居た。

雨が降りはじめたとき、わたしは建物の中にいた。

異なるのは、漢字で書いているか、ひらがなで書いているかだけです。

あなたの小説にこのフレーズを入れるとしたら、どちらの表記を選ぶでしょうか。なぜその表記を選ぶのでしょうか。

今回は漢字とひらがなの使い分けについて考えてみます。

漢字とひらがなの絶対的ルールはない!

本の上に手を置いて本を読んでいる
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漢字で書ける言葉をひらがなで表記することを「開く」、ひらがなで書ける言葉を漢字で表記することを「閉じる」といいます。

開く・閉じるとは
  • 開く:漢字で書ける言葉をひらがなで表記すること。
  • 閉じる:ひらがなで書ける言葉を漢字で表記すること。

「開く・閉じる」に絶対的なルールは存在しません。

とはいえ、複数のライターが執筆するWebメディアでは、記事ごとに表記の差が出ないよう独自のルールを定めていることがあります。

読者の年齢層に合わせたり、大手新聞社の表記を参考にしたり基準はさまざまです。

小説を執筆する方は自分なりのルールを決めている人が多いようですね。

読者にとっての「読みやすさ」を重視した「開く・閉じる」の一般的な例を、いくつかご紹介しましょう。

①補助動詞

他の動詞と組み合わせて使う場合、漢字は開きます。

例:〜してきました → ~していただきました

例:~してさい → ~してください

②複合動詞

複数の動詞を組み合わせている場合、後ろの動詞を開きます。

例:歌いける → 歌いつづける
>(歌う+続ける)

③難解漢字・一般的ではない漢字

日常的に使用しない漢字は、読者の読みやすさを考えて開きます。

例:改 → 改ざん

例:に → たま

例:ど → ほとん

④副詞

直後の言葉を装飾する場合、漢字は開きます。

例:一杯食べる → いっぱい食べる

例:沢山咲いた → たくさん咲いた

⑤形容詞/接続詞/形式名詞

開いた方が読みやすい場合があります。

例:有難い → ありがた

例:可笑しい → おかしい

例:いは → あるいは

例:ち → すなわ

例: → こと

例: → ため

漢字を開くと・ひらがなを閉じると印象が変わる

ご紹介した「開く・閉じる」の例は読みやすさを考慮したものであって、閉じたら間違いというわけではありません。

では「読みやすさ」の前段階、読者が本を手に取りページを開いた瞬間を想像してみましょう。

漢字とひらがな、それぞれの文字は読者にどんな印象を与えるでしょうか。

グレーの立体

漢字とひらがなの違い

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ひらがなは誰もが最初に習得する文字です。

また漢字と比べて丸みを帯びた形状であることから、以下のような印象を与えます。

  • 子どもらしい
  • 易しい/優しい
  • 柔らかい

一方で漢字は直線や角が多いことから、ひらがなとは対照的な印象を与えます。

  • 大人
  • 難しい/真面目
  • 堅い
白い本のページに赤い楓の葉と眼鏡

夏目漱石の「坊ちゃん」の漢字を開いてみよう

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たとえば夏目漱石の「坊ちゃん」という作品冒頭には、このような一文があります。

小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かした事がある。

夏目漱石『坊ちゃん』

文章の半分近くが漢字で書かれています。

では最初に紹介した「読みやすさ重視」の表記に基づいて、漢字を一部開いてみましょう。

小学校にる時分学校の二階から飛びりて一週間ほど腰を抜かしたことがある。

「居る」を「いる」、「飛び降りて」を「飛びおりて」、「抜かした事」を「抜かしたこと」と書き替えました。

もちろん人それぞれ好みはあるでしょうが、読みやすくなったと感じる人が多いのではないでしょうか。

ではさらに漢字を開いていきましょう。

小学校にる時分学校の二階からりて一週間ほど腰をかしたことがある。

ひらがなが増えてさらに柔らかい雰囲気になりましたが、先ほどよりも少し読みにくくなった気がしますね。

しょうがっこうにいるじぶんがっこうのにかいからとびおりていっしゅうかんほどこしをぬかしたことがある。

幼児向け作品でもない限りすべてをひらがなで書くことはないと思いますが、これではまるで小学生が書いた作文のようです。

さて、3つの文章を比較して、それぞれどのような印象を受けたでしょうか。

漢字が多ければ多いほど堅い印象に、ひらがなが混ざると少し柔らかい印象に、そしてひらがなが多ければ多いほど幼稚な印象に変わるのです。

書いてあることは全く同じなのに、使う文字が違うだけでこれだけ印象が変わるなんて面白いですよね。

いつ開く?いつ閉じる?〜読みやすさの観点から〜

一般的なルールに基づいて小説を書いたからといって、必ずしも読みやすい文章になるとは限りません。

文章全体という大きな括りで、漢字とひらがなの使い分け方を考えてみます。

小説本

文章全体のバランスで考える

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閉じられるひらがなは閉じた方が、文字数が少なくコンパクトに収まります。

その一方で漢字は画数が多いため、文字が詰まって読みにくい印象を与えてしまうリスクもあるのです。

例文を見てみましょう。

  1. 作品はね完成した。
    →漢字55%(9文字中5文字)
  2. 作品はおおむね完成した。
    →漢字36%(11文字中4文字)

1. は漢字を使っているため文字数が少なく、コンパクトに収まっていますね。

2. は「概ね」の漢字を開いたことで文字数が増えましたが、読みにくさはありません。

では両者の印象はどうでしょうか。

文章の半分を漢字が占めている1. は、真面目でやや堅い印象です。ゴツゴツした雰囲気もあります。

2. は漢字の割合が減ったことで、柔らかい雰囲気に変わりました。また画数が減ったため文字が詰まっているようにも見えません。

漢字とひらがなをバランス良く配置することで適度に余白が生まれ、読みやすくなったように感じませんか?

漢字とひらがなの使い分けに迷ったら、文章全体のバランスを見てみましょう。

英語の書籍のページがめくれている

どうしても閉じたいなら、どこかで開く

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以下のような理由から、漢字をあえて多用する作家さんもいます。

漢字を多用したい理由
  • 漢字の使い方で個性を出したい
  • 漢字を多用して世界観を表現したい 等

このように「目的・意図」があって漢字を多用する場合、修正の必要はありません。ただし、漢字の多用にはリスクがあることを頭に入れておきましょう。

  • 文章全体がゴツゴツと堅い雰囲気になる
  • 読者によっては読みにくさを感じる

本来開くべき漢字を閉じて使いたい! そんなときはあえて他の漢字を開き、文章全体のバランスを取ると読みやすくなります。

たとえば以下の文章では「時」と「私」、ふたつの漢字が隣り合っており、どことなく読みにくさを感じます。

扉が開いた時私はすぐ近くにいた。

言葉を切り離すために読点を打つといいかもしれません。

今回はこの読みにくさを「漢字を開く」ことで解消してみましょう。

扉が開いたとき私はすぐ近くにいた。

扉が開いた時わたしはすぐ近くにいた。

どちらかの漢字を開くだけで、格段に読みやすく感じませんか?

いつ開く?いつ閉じる?〜表現の観点から〜

ビジネス書や実用書など「説明」が目的の文章の場合は、読みやすさを優先すべきかもしれません。しかし小説執筆では「読みやすさが正義!」ではありません。

むしろ読みやすさばかりにこだわると、面白みに欠けるたんぱくな表現に終始する可能性もあります。

小説だからこそ使える、作家さんのオリジナリティを演出するための漢字・ひらがなについて考えてみます。

フレームに収めた白い紙

登場人物の姿を想像させるために開く

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あなたは以下のセリフを読んで、どのような人物の姿を想像したでしょうか?

「だいじょうぶ。ぼくはげんきだよ」

おそらく多くの人が、このセリフを発した人物を子どもだと判断するでしょう。まだ言葉を覚えたての、小さな子どもです。

これがもし以下のように書かれていたら、解釈の幅は広がります。

「大丈夫。僕は元気だよ」

作中に人物像を明記しなくても、言葉の閉じ・開きによって登場人物の年齢や雰囲気を表現することもできるのです。

紫と白のマーブル模様

明確に伝えたいのか、読者に委ねたいのか

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「悲しい」と「哀しい」、「町」と「街」、「緑」と「翠」、「赤」と「朱」。

どちらの漢字が使われていても、おそらく読者は似たようなイメージを持つでしょう。

この違いをはっきり示したいなら漢字で表記、解釈を読者に委ねるならひらがなで表記するといいですね。

たとえば「かなしい」という言葉。用いる漢字によって意味が少しずつ異なります。

悲しい or 哀しい
  • 悲しい:自分自身のかなしみ・胸の痛みを表現

  • 哀しい:哀れみの気持ち・他人とのかかわりの中で生まれたかなしみを表現

漢字で書けばこの違いが明確になるので、作者が意図したイメージが読者に伝わります。

一方で「私はかなしい」とあえて開いておけば、イメージが固定されません。

どんなかなしみを抱えているのか、何を考えているのか、作者が意図するイメージを見せるのではなく「読者の想像に委ねる」のも面白いですよ!


灰色の石に彫られた人の顔

漢字とひらがなの使い分けが生み出す個性

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パソコンを使って書いた文章には、漢字が多くなりがちです。なぜなら、パソコンには便利な変換機能がついているから。

手書きならひらがなを使うような難しい言葉も簡単に漢字に変換できるので、ついつい漢字表記が増えてしまうようです。

そのためパソコンで執筆するときは、「開く・閉じる」を意識的に使い分ける必要があります。

一般的なルールに従うのではなく、自分の意思で漢字とひらがなを使い分ける。

だからこそそこに、作家さんの個性が反映されるのだと思います。

「読みやすさ」のためだけでなく、小説だからこそできる「漢字・ひらがなの使い分けによる表現」も大切にしたいですね。

Writer:マスダ キミ / Editor:noveRe: