オノマトペとは、音を表現する擬音語(擬声語)と物事の状態や様子を表現する擬態語の総称です。
例文
雨がザーザーと降る中、わたしは自転車をビュンビュン漕いで家へ帰った。
この例文では、雨が降る音を表現する「ザーザー」、そして自転車を急いで漕ぐ様子を表現する「ビュンビュン」がオノマトペにあたります。
文字のみで情報を伝える小説のなかで、オノマトペは非常に効果的な表現手段です。
今回は小説におけるオノマトペの適切な使い方を考えてみます。
オノマトペは小説で使っていいのか
小説でオノマトペを使うことについては、どうやら様々な議論がなされ、賛否両論あるようです。
筆者個人は「用法用量を守って正しく使えば問題ない」と考えています。
まるでお薬を処方されるときの定型文ですが、この表現がぴったりだと思うのです。
オノマトペの使い過ぎで起こる問題
では、なぜ用法用量を守った方が良いのでしょうか。
小説にオノマトペを使いすぎると、稚拙な印象を与えるからです。
オノマトペが文章を稚拙に見せる
オノマトペを多用した文章が稚拙に見える原因は多岐にわたります。いくつか挙げてみましょう。
- 『わんわん(犬)』『にゃんにゃん(猫)』などの幼児語に似ているから
- 文章が説明的になって面白みに欠けるから など
筆者はこれらに加えて、「想像する余地がなくなってしまうこと」も原因のひとつだと考えています。
オノマトペの多用は読者の楽しみを奪う
オノマトペはとても便利な言葉です。
映像や音で表現できない小説の世界で、登場人物が見ている景色・聞いている音を読者に伝える手段は「文章」に限られます。
ここで効果的にオノマトペを使えば、作者が意図したとおりの光景・音が誤解なく伝わるでしょう。
オノマトペが的確だと、読者は自分の想像力を働かせる必要がなくなります。とても親切ですが、良いことばかりではありません。
視覚や聴覚・触覚など「五感」をオノマトペで表現している作品はわかりやすい反面、まるで子ども向け絵本のような易しさ・幼さを感じさせるリスクがあります。
オノマトペは、いわば感覚の平準化、幼い子どもにも理解できる表現ですから、多用すれば拙い印象を与えてしまうのです。
大切なのは「読者の想像を邪魔しない」こと
オノマトペを使うな! ということではありません。大切なのは適切に、そして適度に使用することです。
小説の向こうには読者がいます。読者は文字情報から自由に「想像」する楽しみを、あなたの作品に求めています。
作者は読者の楽しみを奪ってはなりません。
「説明しすぎ」は嫌われる?!
オノマトペを使うときには、解説しすぎないことがポイントです。
以下2つの例文をご覧ください。
例文①
車のブレーキが「キキーッ!」と音を立てた。
「キキーッ!」がオノマトペですね。
車のブレーキから出た音を表現していることは誰の目にも明らかです。
例文②
「キキーッ!」 大きな音が響いた。
この文章に「車」「ブレーキ」とは書かれていませんが、多くの読者が車のブレーキ音を想像するでしょう。
しかし文中には明記されていないため、自転車のブレーキ音をイメージする人もいるかもしれません。
読者の想像が正解か否かは、作品を読み進めなければわからないのです。
例文①は「作者が読者に答えを与えた状態」、例文②は「読者の想像力に任せた状態」です。
①では「キキー」が何の音なのか、あるいは車のブレーキがどんな音を立てたのか、ふたつの方向から説明しています。
しかし「キキー」が必ずしも車のブレーキ音とは限らないため、読者によっては感覚の不一致に陥るかもしれません。
②も同様に、擬音の取り違えによって誤解を生む可能性もあるのです。
「自分がイメージしているものを誤解なく読者へ届けるツール」として便利なオノマトペ。
使い方を誤ると、読者の頭の中に広がる世界を狭めたり、世界の再構築を強いたりと、楽しみを奪うことにも繋がりかねないのです。
正確に共有したいときにだけ頼る
一方で、すべての読者に同じイメージを伝えられるのはオノマトペの利点です。
以下のふたつの例文をご覧ください。
例文①
彼は目の前の料理をパクパク食べた。
例文②
彼は目の前の料理をバクバク食べた。
料理を食べる様子をオノマトペを使って表現しました。オノマトペがほんの少し異なっていますね。
どちらも彼がとっている行動は同じですが、オノマトペを変えると頭の中でイメージする「彼」の様子も変わりませんか?
例文①から想像するのは美味しそうに食事する様子です。子どもの食事をイメージする人もいるのではないでしょうか。
一方例文②は、食べ物を勢いよく口に詰め込んでいる様子が想像できます。
「PakuPaku」と「BakuBaku」、違いますね!
続けて以下の例文も見てみましょう。コロッケの衣の状態を表現してみました。
例文①
サクサクの衣がおいしい。
例文②
ザクザクの衣がおいしい。
どちらもカラっとおいしく揚がったコロッケがイメージできますが、例文①は口当たりの軽い衣、例文②は歯ごたえのある衣を想像するでしょう。
もちろん、オノマトペを省いて読者の想像に委ねることもできます。
しかし、衣の状態を明確に伝えたい場合には、オノマトペを使った方が確実です。
オノマトペを使わない表現も取り入れる
最後に、オノマトペを使わない表現方法について考えてみましょう。
最初に使用した「車のブレーキ音」の例文からオノマトペを省きました。
例文①
車が急ブレーキをかける音がした。
例文②
車のブレーキ音が響きわたった。
- 車がブレーキをかけた
- ブレーキ音が響いている
いずれの例文も上記2点を明記していますが、ブレーキが立てた音そのものは描写していません。
「キキーッ!」と鳴ったかもしれませんし、「キュッキュッ」とタイヤがこすれる音かもしれません。あなたはどんな音を想像しましたか?
「ブレーキ音」と聞いて、想像する音は人それぞれです。
オノマトペを使わずに読者の想像に委ねれば、読者の数だけ新しい音が、景色が、世界が生まれる。
これこそが小説作品の醍醐味ではないでしょうか。
オノマトペの効果的な使い方
オノマトペを適切に使えば、作者の個性を演出したり読者にインパクトを与えたりできます。
楽しい使い方をいくつかご紹介しましょう。
個性を表現するオノマトペ
どっどど どどうど どどうど どどう
青いくるみも吹きとばせ
すっぱいかりんも吹きとばせ
どっどど どどうど どどうど どどう
宮沢賢治/風の又三郎
作中でオノマトペを効果的に使っている作家といえば、宮沢賢治を思い浮かべる人も多いのではないでしょうか。
「オノマトペの達人」と呼ばれることもあるほどに、彼の作品の中にはユニークなオノマトペがたくさん登場します。
上に引用したのは、宮沢賢治の代表作『風の又三郎』の一節です。風の音を表現する独創的なオノマトペが使われています。
大きな音を立てて吹き荒れる風を想起させる表現ですね。
白いシャッポをかぶって、先生についてすぱすぱとあるいて来たのです。
宮沢賢治/風の又三郎
足音を表現するオノマトペですね。
多くの場合、歩く様子は「すたすた」「てくてく」などと表現されますが、宮沢賢治は「すぱすぱ」という、あまり聞きなじみのない言葉で表現しています。
先生は呼び子をビルルと吹きました。
宮沢賢治/風の又三郎
笛の音を「ビルル」と表現しています。
いったいどのような音なのか、想像を掻き立てるオノマトペです。
ここまでユニークでインパクトのあるオノマトペなら、作中にたくさん登場しても稚拙な印象は与えずに済むかもしれませんね。
むしろこれが作者の個性として、高く評価される要因になりうるでしょう。
ただし、宮沢賢治を真似てしまえば本末転倒。その時点で「個性」ではなくなります。
インパクトを与えるオノマトペ
たとえばこんなシーンを想像してみてください。
- 治安が悪い街の一角
- 人気のない場所で、敵対するふたりの男が向かい合っている
- いまにも喧嘩が始まりそうな雰囲気
これらの情報だけでも、かなり緊張感があるシーンだと想像できます。
ではここで、「どこからか携帯電話の着信音が聞こえてきた」としましょう。
その音が、もしこう表現されていたらどうでしょうか。
「ピロリロリン」
緊迫したシーンには似合わない、とても可愛らしい音です。
この着信音をきっかけに、緊迫感がスーッと抜ける感じがしませんか?
場の雰囲気に似合わないオノマトペの登場によって空気が一転し、物語が大きく動き出しそうな予感がします。
いずれにせよ、このオノマトペは読者に大きなインパクトを与えるでしょう。
オノマトペは、使うタイミングと使い方次第で作中の空気をガラッと変えることもできるのです。
ここぞ!という場面のオノマトペ
オノマトペは、それひとつで文章の印象を左右するほどインパクトを持つ言葉です。
だからこそ作品の雰囲気を壊さないよう、使いすぎは避けた方が良いと考えています。
反対に、インパクトを与えたい場面であえてオノマトペを使えば、読者にそのシーンをより強く印象付けることができるでしょう。
- 使いすぎて説明的な文章にならないように気を付けること
- 読者に想像の余地を残すこと
- 強く印象付けたい、ここぞ!というシーンで使うこと
もしオノマトペの使い方に悩んだら、これらのポイントを意識してみてください。
Writer:マスダ キミ / Editor:noveRe: